[#3]まりもが学校を辞めた話③

今回は第3回目「初めての経験と葛藤」です。

いよいよ学校が始まり拒絶反応のように発作が起こる僕。初めての体験でますますマイナスになっていきました。その日は始業式だったのもあり、早上がりですぐ帰宅することができたのですが、僕は次の日どう乗り切るのかについてずっと考えていました。学校は基本休んではいけないものとして教えられ、そう考えてきたので休むことを基本的に考えていなかったからです。なので家に帰って親にこのことを伝えてみると「そう、明日もしんどかったらすぐ帰ってきなさい」と言われました。当時の僕はとにかく学校に行きたくないと思っていたので、行ったらしんどくなるのになんで苦しい思いをしてまで行かなくてはならないのかと苛立ちました。それから親との話はらちが開かないと途中で切りやめて自分の部屋に戻って「学校に行きたくない時の対処法」とか「学校に行くと発作症状 なぜ」と今回のことのついて調べてみました。調べてみると「サボることもときには大切かも!?」「適応障害〜…」といった記事を見つけ、ここでようやく学校に行かないという選択肢を見つけたのです。

そうして必要なものやどこで時間を潰すか、学校はどう休むのか行動計画を立てていきました。(この頃から頬の痙攣と不眠が続いていきます。めちゃくちゃしんどかった…)次の日眠れないまま朝が来て初めて親に黙って学校を休みます。学校には公式サイトから欠席連絡フォームを通して伝えることが可能なので、親からこっそりパスワードをメモして電話することなく簡単にできました。(コロナ禍で欠席連絡の方法が変わってとても良かったです…)そして親に学校へ行く感じを見せる為に息苦しさを感じる中イヤイヤ制服を着て家を出て、駅のトイレで服を着替えて近くのショッピングモールに行ったり、漫画喫茶に行ったり、知らないところまで電車で移動して散策したりしました。その間は親に隠れて休むという罪悪感はあったものの、学校に行かなくて良い!という解放感がとてもあって窮屈だと感じていた日々に光が差し込んだ瞬間でした。

そうしてほどほどに学校を休みつつ登校するのですが、その間親には学校に行きたくない、やめたいと伝えても「またいつものイヤイヤ病でしょ?」「なに?まだいってんのそんなこと。しんどかったら先生に言って帰ってきなさい」などと全く聞く耳を持ってくれず、日に日に親への不満と不信感が募っていきました。それと同時進行で発作は学校にいる間だけでなく、家でも起こるようになっていきました。それを実際に見た親はだんだん感じ取ってくれたのか、もしやめたらその先どうするの?とか休学とかは考えないの?など聞いてくれるようになりました。こうして学校に通う以外の道を選ぶことになっていきました。

見てくださりありがとうございます!今回はいつもより長めになってしまいました😓色々と省略した部分はあるのですが、今までの自分にはなかった考えや体験をしたので書かせていただきました。読みにくかったり意味がわからない部分もあるかと思われます。ご了承くださいませ。(⚠️途中サボることについて書いていますが、休日やしんどいなと感じた時には好きなことをしよう!という意味であり、サボることを推奨しているわけではありません。今回私は学校に行くと発作の症状がでて生活・人生に支障が出ると判断したためこの行動に至りました。)

次回は学校を辞める決断と親への感謝だったりを書いていきたいと考えています!

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